みゆぷりあんぬ日記

楽しいおでかけ、おいしいおやつ

結婚式

2017年5月27日、結婚式をした。

結婚式をするまで、自分にとっての結婚式はどういうものかわからなかったけど、やってみたら、自分にとっては特別で、まぶしくあたたかい日だった。結婚式をする前に戻って、やるかやらないか決めていいよといわれても、間違いなく「やる」と答えるだろうなと思った。

夫と、感謝と今後もよろしくという気持ちを伝えるために式はしたいね、という話をしていて、1年くらいかけて式の準備をしてきた。準備は大変と聞いていたけど、近親者だけの式であり、両親や周囲は好きなようにさせくれ、遠慮なく人を頼ったので、たくさんやることはあったけどすごく大変ということもなかった。

上賀茂神社での挙式は儀式めいていて(というか儀式そのもので)、すべてがそのためにある存在だった。雅楽的な音楽が生演奏でびっくりした。白無垢を着ていたため、腕がさっぱりあがらず三々九度の盃を飲むのが大変だった。夫の指輪がギリギリのサイズでぐりぐり回しながら入れた。フフッて笑ったのを数名に見られていた。綿帽子は案外長く、退場の際うっかりひっかかって声が出た。天気がよくて、さわやかだった。

披露宴は、食事会に近いような、小さくアットホームな披露宴を目指して、実際にそういう雰囲気だったと思う。ごはんがとってもおいしくて、その点では来てくれた人をちゃんとおもてなしできた(と信じたい)。義兄に頼んだ司会も大好評だった。お姉ちゃんに頼んだ席次表や席札も素敵だと褒めてもらえた。

白無垢を着せてもらって、自分が光の中心にいるようだった。周りが目を細めてわたしを見る。自分自身がめでたさそのものの存在なので、自分はそれを見ることができない。みんなの顔を見て、自分が「花嫁」であることに気づく。

結婚式は、幸せだと満足に思うものを想像していたけど、それよりも、使命感のような、覚悟をもつ日だった。わたしはわたしが選んだ道を生きてゆく。大切な人に祝ってもらった門出の晴れやかさを忘れずに。

5年以上付き合った夫の立派な姿と、披露宴後の満足そうな表情を見れたのは嬉しかった。一緒に生きていくんだ。

環境の変化に対して

結婚して、特にゆかりもなく知り合いもいない茨城県水戸市に転居した。仕事は続けているけど、基本的には平日は夫としか会わないし、出かける場所といえばスーパーか、ランニングスポットとしての公園くらい。1日に食べる食事はすべて自分が作ったもの。淡々と毎日を過ごしている。

東京での生活を、楽しかったなあと思い出す。通勤時に好きなパンを買って、会社に行けば同僚がいて、会社の帰りにごはんを食べに行ったり、飲みに行ったりしていた。家で自炊する日のほうが多かったけど、「今日は○○食べたいな」と思ったものを帰って作ることができた。本屋さんや雑貨屋さんや喫茶店のような、フラッと遊びに行く場所もたくさんあった。

と、書くと前の生活に戻りたいようにみえるけど、そういうわけではなくて、「前の生活はよいものだった」という上で、「よい思い出」としてすでに取り出して懐かしめる状況にあるということに私は気づいたのだった。京都から東京に引っ越したときは、新しい環境にどうにか適応しようとすることでいっぱいいっぱいで、「京都での生活楽しかったね」といえるようになったのは1年くらい経ったあとだった。そう思うと、あんまり環境の変化が得意ではないわたしも成長している。夫の支えも大きいのだろう。

今の生活は、イレギュラーなタスクがまだたくさんある時期で、楽しめるというところまでは到達していないのだけど、日に日に慣れと、余裕を感じるようになってきた。もっと余裕が出てきたらやりたいことがたくさんあって、楽しみにしている。

世界が終わる前日に食べたいもの

おかんのおでん
おかんの餃子
おかんの焼売
おかんのロールキャベツ
お姉ちゃんのからあげ
炊きたてごはん
飲み物は麦茶
デザートは桃か梨

世界が終わる前日なのに、母は休む暇もなさそうなラインナップ。大人になって色んな場所の色んな食べものを食べたけど、最後に食べたいもの考えると実家で食べていたものばかり浮かんで不思議。姉のからあげは姉の家に行くたびにリクエストしている。なんかうまい。わたしも母や姉のようにそういうごはんが作れるようにならないとなあ。

好きな食べ物を聞かれると少し違う回答になりそう。だし巻きとか、六曜社のミルクコーヒーとドーナツとか、ホソとか、牛タンとか、上野のインドカレーとか、焼きトンとか、ビビンバとか冷麺とか、ステーキとか、グラタンとか、ビールとか、生牡蠣とか。

でも最後に食べたいのは母のごはん。あとお姉ちゃんのからあげ。

世界が終わるのがさみしくて泣きながら食べるんだろうか。